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細胞分子生物学研究室では嶋本顕准教授を中心に、iPS細胞を用いた以下の3つのテーマで研究を進めています。

 

1.iPS細胞を用いた多能性遺伝子の染色体安定化機構の研究

2.iPS細胞を用いた早老症ウェルナー症候群の早期老化機構と治療法の研究

3.誘導リプログラミング技術を用いたがん幹細胞の研究

 

はじめに

人工多能性幹細胞(iPS細胞) は無限に増殖する自己複製能と、身体を構成する全ての細胞に分化する分化多能性を併せもつ細胞で、胚性幹細胞(ES細胞)とよく似た性質をもつ多能性幹細胞です。ES細胞が固有に抱える倫理的問題と拒絶反応を回避できることから、iPS細胞は再生医療の分野で大いに期待されています。私達はiPS細胞の基本的なメカニズムを理解する基礎研究、iPS細胞を用いた治療法の開発を目指す応用研究、そしてiPS細胞のリプログラミング技術を応用したがん研究を進めています。

 

1.<iPS細胞を用いた多能性遺伝子の染色体安定化機構の研究>

iPS細胞を用いた臨床研究が本格的に始まろうとしていますが、iPS細胞の安全性と品質管理の観点から,臨床に用いるiPS細胞の染色体は完全に正常でなければなりません。しかし、ES細胞やiPS細胞は培養し続けている間に染色体異常を引き起こす可能性があり、iPS細胞を安全な品質で培養するためには,iPS細胞が染色体を安定に維持する機構を理解する必要があります。そのヒントを得るために、私達はiPS細胞に放射線を照射する実験を行っています。

 

ヒト正常線維芽細胞とこの細胞から樹立したiPS細胞に放射線を照射して、コロニーを形成させると、iPS細胞は線維芽細胞と比較して放射線に対して数十倍感受性が高いことが明らかとなりました。これまでの解析から、iPS細胞では放射線照射によって細胞死が誘導されること,DNA損傷に対し細胞周期の停止に働くCDKインヒビターp21の発現が、線維芽細胞では誘導されますが、iPS細胞では全く誘導されないこと,そして、iPS細胞ではDNA損傷チェックポイントがより強く活性化されることなどを突き止めました。

 

このように、私たちはiPS細胞の染色体安定化機構を明らかにするため,iPS細胞のDNA損傷応答機構ついてさらに深く研究を進めています。

 

 

2.<iPS細胞を用いた早老症ウェルナー症候群の早期老化機構と治療法の研究>

ウェルナー症候群は常染色体劣性の遺伝病で、2本鎖DNAを巻き戻すDNAヘリカーゼをコードするWRN遺伝子の生殖細胞系列変異が原因で発症する早老症です。患者さんは思春期をこえた頃から白内障、白髪化や抜け毛、皮膚萎縮や難治性皮膚潰瘍、インスリン耐性糖尿病、骨粗しょう症、動脈硬化、悪性腫瘍を早期に発症し、多くが40代後半から50代で亡くなる病気です。皮膚から分離培養した線維芽細胞の分裂寿命は、健常者がおおよそ50回程度であるのに対して、患者さんではその半分程度と短いことが知られています。WRNヘリカーゼには染色体末端に存在し分裂寿命をカウントするテロメアの構造を維持する働きがあり、WRNヘリカーゼが働かない患者さんの細胞では、テロメアに異常が起こることが、分裂寿命の短縮の原因だと考えられています。

 

ウェルナー症候群の患者さんは、世界中の8割は日本人であると言われるほど日本人に多く見られ、東京女子医科大学の後藤眞教授は日本におけるウェルナー症候群診療の第一人者です。現在は千葉大学の細胞治療内科学講座(横手幸太郎教授、http://www.m.chiba-u.jp/class/clin-cellbiol/werner/index.html)で、ウェルナー症候群の患者さんを積極的に受け入れ、診断・治療を行っています。私達も作成に参加したウェルナー症候群の診療ガイドライン2012年版 (http://www.m.chiba-u.jp/class/clin-cellbiol/werner/)では、患者さんに見られる症状と治療法について記載されていますが、白内障以外はどの治療法も対処療法であり根治には至っていないのが現状です。とくに下肢の皮膚潰瘍は極めて治りにくく,感染症や壊死の危険を回避するための切断手術は患者さんのQOL 低下の原因となっています。

 

ウェルナー症候群の新規治療法として,失われた組織の機能を細胞移植で補う再生医療が有効な手段として期待されています。我々は早期老化にいたるメカニズムの解明と、細胞移植治療への応用を目指して、東京女子医科大学と千葉大学との共同で、ウェルナー症候群患者さんの細胞から人工多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立に成功しました。この成果は米国のオンライン科学雑誌『PLOS ONE』に掲載されています(PLoS ONE 9: e112900)。現在このiPS細胞から、皮膚潰瘍の治療に有効な間葉系幹細胞を分化誘導し、動物実験を通じて皮膚潰瘍治療能を評価する研究を行っています。

 

 

3.<誘導リプログラミング技術を用いたがん幹細胞の研究>

現在、がんを発症する人の割合は3人に1人で、その2人に1人ががんで亡くなっているほど、がんは一般的で深刻な疾患です。今、様々な分子標的薬と言われるがん治療薬の開発が進められ、多くのがんの5年生存率は延びています。しかし、5年後、10年後に突然起こるがんの再発の研究はまだその緒についたばかりで、がん再発のメカニズムはよくわかっていません。

 

がんの再発にはがん幹細胞の休眠状態が深く関係していると考えられていますが、すぐに性質が変化しやすいがん幹細胞を、がん組織から取り出して安定に研究に供することは簡単なことではありません。そこで私達は、iPS細胞を誘導する初期化の技術を応用して、ヒト正常細胞から誘導性がん幹細胞 (induced cancer stem cell, iCSC) の樹立をし、がん幹細胞の休眠状態と再発のメカニズムの解明に取り組んでいます。

 

                                                                              文責 嶋本

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